青森県原子力対策検証委員会について

青森県は、「県独自に県内原子力施設の安全性を確保する」という名目で「安全対策検証委員会」が立ち上げられています。

県内にある原子力施設は、3・11以降次のような状況です。
○定期検査から運転再開できない(東北電力・東通原発1号機)
○試験がとまったまま(六ヶ所村の再処理工場)
○建設がとまったまま(大間原発、東京電力・東通原発1号機、むつ市の中間貯蔵施設)

この再稼動や試験再開の是非を判断するのは三村知事ですが、その知事が判断する際に「最大限尊重する」というのが、検証委員会の検証結果です。

この問題で、日本共産党青森県委員会は公開質問状を出しました。
そのやりとりを通じて、大事な問題が明らかになっています。

結論を言えば、三村知事は、「県民を、原子力施設の危険性と恐怖と共存させる気か!」ということ。

以下、いくつか論点を。







日本共産党の公開質問状が明らかにした最大の問題は、

「検証委員会の守備範囲では、県内原子力施設の安全性は確認できない」

ということです。

「安全なくして原子力なし」と繰り返す三村知事に、私たちは「安全なくして」の意味は何か、と聞きました。
次のように。

「『安全なくして』とは、あらゆる自然現象や社会的事件、技術的・人為的要因による事故、およびこれらの複合的事故によっても安全性は確保され、環境を汚染する放射能放出は起こりえないこと・・・と理解していいのか?」

知事からの回答はありませんでした。

しかし、原子力施設の安全性と言う場合、上記のようなさまざまな要因は当然考慮すべきです。
オバマ大統領ですら、「テロ攻撃への対応」を不十分だと言っています。

ところが、検証委員会にはこういう広範囲な事象に対する安全対策を検証する任務はありません。

そのことは、検証委員自身もかなり自覚をしているようです。

例えば第2回目の検証委員会の議事録によれば、再稼動の是非を考えるためには、検証委員会の議論とは別の議論が必要であることが語られています。
そもそも、「事業者が実施し、国(安全・保安院)が了承した緊急安全対策がいいか、悪いかを判断するだけ」という検証委員会の守備範囲の狭さでは、「専門家として十分な議論をしていない」(第七回検証委員会のことを報じる「朝日新聞」)という意見が出るのも当然です。同紙には、「存在意義問う声続出」という見出しがつけられ、検証委員会の意義が、その存在のそもそも論に陥って空転した様子が紹介されています。
さらに「東奥日報」によると、検証委員会で出された意見=検証結果とは言えず、結論を出すための議論そのものがかけていることも示唆されています。

このように、日本共産党青森県委員会が提起したように、検証委員会はそもそも、”県民の安全を守ることを証明する”という守備範囲を持っていません。
当然、守備範囲にない検証しかできない所の結果をもって、「安全だ」と宣言することもできないはずです。
もしそれをやれば、「安全だと誰も証明していないのに、原発の再稼動にゴーサインを出した」ということしか残りません。
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by yohimata | 2011-09-19 18:52
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