日本国憲法を守り生かす

吉俣です。

昨日は、憲法記念日でした。
青森駅前でおこなわれた「9条の会」の記念集会に参加。その足で、さくら野前の街頭宣伝にとりくみました(今日の「陸奥新報」が写真入りで報じてくれています)。
どちらも、高橋ちづ子衆院議員と一緒に参加してきました(写真は、「9条の会」であいさつをする高橋さん)。

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その後、子どもと一緒に、茨城ゴールデンゴールズの試合をみにいきました。外野席に座っていたので、マイクパフォーマンスが全然聞こえず残念でした。

私は、9条はもちろん、日本国憲法の全体が、「貧困と格差」をなくし、平和な日本と世界をつくるための指針になっていると思っています。働く貧困層をなくす仕事も、医療や福祉の安全をとりもどす仕事も、高い学費を解決し、高校生や学生が安心して勉強できる環境をつくる点でも、憲法25条をはじめとする憲法の人権規定は大きな力をもっています。
「日本改革の最大のマニフェストは、日本国憲法」というぐらいの気持ちです。わが党も、綱領に「憲法の全条項を守る」ことを明記しています。

日本国憲法を守って生かすこと。そのために頑張る決意です。




今日の「東奥日報」の「大討論/医療崩壊」のコーナーに、自民党の津島雄二氏が登場していました。あわせて同紙には、三日に行われた憲法タウンミーティングの様子が報じられ、ここでも津島氏の発言が紹介されています(高橋ちづ子衆院議員も参加し、発言したことも紹介されています)。

津島氏は、「社会保障政策は転換した」といい、社会保障費の自然増抑制のシーリングも、「事実上消えた」といっています。「消えた」のであれば、消せばいいのに、まだ固執している自民・公明政治の現実を考えた場合、津島氏がこういう言明をせざるを得ないところに、自民党政治の限界が露呈しているように読めました。

また、タウンミーティングの発言で、「憲法に、社会保障や地球環境を守る国民の義務をきちんと書き込むことが必要」だという趣旨の発言をしたことが報じられています。これを読んで、津島氏が、前から「社会保障を守る国民の義務」を言っていたことを思い出しました。新聞報道を読んだ限りで、次の2つを感じました。

第一に、これは立憲主義のイロハを知らない議論だということです。いや、高学歴と経験を誇っている方ですから、知っていてあえて言っているのでしょうが。
そもそも憲法は、人権保障と権力分立を定めたもの。フランス革命以来、人類は、権力をしばり、人権を守るものとして憲法を豊かにしてきました。その立憲主義の伝統を日本国憲法も引きつづからこそ、国民の義務の規定が限定されたものになっています。そこにあえて、「国民の義務」を書き込むとすると、憲法を、立憲主義の伝統から無縁のものとしてしまいます。

第二に、日本国憲法ではすでに、限定された義務規定の一つに納税の義務が明記されており(私はこの「義務」は限定したものとして理解していますが)、さらに、憲法25条は、「健康で文化的な最低限度の生活」を送るための国家の義務が明記されています。これらから、国民にはすでに社会保障をはじめとする国家の政策実行のための財政負担の「義務」は明確であり、その上にたって、国家が社会保障を政策として実行する義務を追っている、と考えるべきだと思います。したがって、津島氏のように、わざわざ「社会保障を守る国民の義務を明確にすべき」というのは、本来は国家が追うべき義務を国民の責任に転化するだけのものでしかありません。

憲法記念日の翌日だけに、憲法についていろいろ考えてみました。
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by yohimata | 2009-05-04 11:18 | 吉俣が行く!!
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