青森県原子力施設の安全対策説明会で発言したかったこと

今月、11日から14日まで、青森県内各地で県民説明会が行われました。

何を説明したか、というと、県内の原発・核燃施設の安全対策についての説明。
説明をしたのは、国と事業者。
主催をしたのは、県。

私ははじめと最後にとりくまれた、青森会場に参加しました。
最後の回には、三村知事も出席。なぜか、他のどの会場より、「原発・核燃推進」の意見が多く、そしてなぜか司会者がジャーナリストにかわっていた、という「?」も多い会でした。

この説明会。
全体として、「原発・核燃から撤退を」という流れの発言が多かったのが特徴です。
しかも、「これまでは、原発はいいものだと思っていたが、福島原発事故で認識が変わった」という方が少なくありませんでした。
一方、「建設・再稼動をすすめるべき」という意見も少数ですがありました。
しかし、私が注目したのは、「国や県の安全対策に納得がいった」という人がほとんどいなかったという事実です。
そもそも知事は、「安全なくして原子力なし」という言葉を繰り返してきました。
そして、6月の選挙で繰り返されたこの言葉は、「安全検証を県独自に行う」「検証の結果、ダメなものはダメという」という二点で踏み込んで表明されました。
この知事の選挙での言明に照らすなら、「安全だ」という点で合点がいったという県民がほとんどいない(というか一人もいない)という事実は重いと思います。

さて、そんな説明会のなかで、次のような発言をした人がいます。

「そもそも、さまざまな形で放射線の恩恵を受けているはずなのに、原発だけ反対だというのは身勝手だ。そういう認識を生むような教育が悪い。原子力についての教育はどうなっているんだ」

という発言です。
もう動画でも公開されていますから言いますが、弘前市の人の発言です。

私はこの発言を聞いて、次のように発言することを考えました。
手をあげましたがあたりませんでした。
ここに紹介します。

・・・それにしても、質問してみたかった。




二つ質問します。

第一。

先程、「放射線の恩恵をさまざまに受けているのに、原発だけはダメだというのはおかしい」「そうなってしまうのは、教育が足りないからだ」と発言された方がいます。

私は、制御された放射線と制御不能な放射能とを区別せずに議論することに道理はないと考えます。
何より、福島原発事故で10万人を超える方が避難しているという事実があります。
仮に、先程の方の意見が正しかったとしたら、この10万人の方は、教育不足の故に、理解不十分がために勝手に避難している、ということになってしまいます。
これは、原発事故に遭遇し、放射能汚染におびえてすごす人々の気持ちを愚弄するものだと考えます。

重要なのは、県民のなかに上記のような論を展開する人がいることではありません。
重要なのは、事業者がこういう認識だとしたら、とんでもないことだということです。
もし、事業者が、制御された放射線と制御不能な放射能汚染を同列におき、「自然の放射線や医療の放射線を浴びているじゃないか」とみているとしたら、みなさんが説明した安全対策なるものは、すべて「本当はやる必要がないのに、仕方なくやっている」ということになってしまいます。
福島原発事故を起こしておきながら、「逃げているやつは、理解が不十分なバカな奴だ」ということになってしまいます。
まさか、事業者のなかに、「自然放射線をあび、医療などで放射線の恩恵を受けているのに、原発は別だというのは間違えている」と思っている人はいないでしょうね。
東通原発の再稼動問題が直面している、東北電力にお聞きします。


第二は、知事に聞きます。

私は、11日からはじまった県民説明会について、一日目と今日参加しています。他の会場のことについても、参加した方からつぶさに様子をうかがいました。
特徴の一つは、参加者の多くから、「このままでは原発・核燃の再稼動・工事再開は条件なし」という声が出されたことです。
同時に、推進の立場から発言される方も多くないですがいました。しかし、そういう方のなかでも「国や事業者の説明が納得いった」「もう安全対策はばっちりだ。だから、どうぞ進めてください」と言った人がほとんどいない――もしかしたらゼロじゃないかと思うんですが――ということです。これが特徴の二つ目です。

知事はかねがね、「安全なくして原子力なし」と言ってきました。
知事選挙ではそれをさらに踏み込み、「県独自に安全を検証する」「その結果、ダメなものはダメという」といいました。エネルギー需要の話や熱中症の話がでてきましたが、知事が原発・核燃施設の再稼動・工事再開の条件にしたのは安全のみです。この点で二つお聞きします。

第一に、知事は選挙中に言った認識――すなわち、「安全性を県独自で検証する」「安全検証の結果、ダメなものはダメという」という言明はいまでも変わっていませんね? そうすると、おのずと、経済性や電力需要などの要因ではなく、安全性という要因が唯一の尺度になると考えますがどうでしょうか?

第二に、知事の言う「安全対策」ということのなかに、住民の安全を守るということは含まれるのでしょうか?
これまで県は、「地震による原発事故は起こり得ない」としてきました。これの反省を求めたいと思います。地震と津波によって原発事故が起きた今、原発・核燃施設で事故を起こさないという意味の「安全対策」とともに、事故が起きた場合、何がどうあっても住民の安全と命を守りきるという意味での「安全対策」が必要になるのは当然だと考えます。仮に、知事の言う「安全対策」が、事故を起こさないという意味に限定されるとするならば、知事はまだ、「原発は事故を起こさない」という迷信にとらわれていることになってしまいます。
この二つの意味で「安全対策」という言葉を使われていると理解しますが、どうですか?
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by yohimata | 2011-07-17 20:33 | 新しい政治へ
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